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最初が「解」という形で提出されたものだとすれば、風土記と呼ばれる
ようになったのはいつからなのでしょうね(^^ゞ
現存する「風土記(残欠・逸文を含む)」っていうのは「風土記」の名にふさわしい記述を「解」の中から残したものなのかもしれませんねぇ。
「風土記を編纂した」という意識は作成にあたった地方官人たちにはなかったのでしょうね。
書写されていくうちに風土記の名がつき、その名にふさわしい内容のものだけが残されたのかもしれません(^^ゞ
吉備は備前、備中、備後、美作の四国に分割されますが、それぞれの国の名のついた風土記の逸文は残されています。
また越前、越後、若狭の名のついた風土記逸文も存在しています。
この逸文を列挙したホームページがありました。
下記です。
http://homepage2.nifty.com/toka3aki/geography/fudoki_itsu.html
http://purple.ap.teacup.com/azisuki/221.html
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