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思い出したのですが。。。
目の前に広がる田んぼの面積は、2キロ×10キロ以上はあると思うのですが、この巨大な平面全部に水を張るには取水場が必要になります。
ここの用水路は、江戸時代の初期というか光圀時代に造られたもので、かなり伝統があるのですが、水戸の「笠原水道」を造った「設計士」さんと同じ人物だったはずです。
ということを、今日の帰りに国道の左右に広がる田んぼのGLが違うことを見ながら思い出しました。
10キロ以上の距離にわたって、等しく水を供給する水路を設計するのは、めちゃくちゃ数学に優れていたわけで、すごい!!と思います。
つい昔の人よりも現代人の方が優れていると思いがちですが、それはあまり根拠がないなぁとつくづく思いました、汗
彼らは讃岐から光圀がスカウトした人物とのことです。
(記憶なので曖昧なところがあります)
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